大阪地方裁判所 平成7年(ワ)7633号 判決 1997年2月24日
当事者の表示は別紙当事者目録記載のとおり
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、それぞれ、別紙請求目録記載の各金員及びこれに対する平成七年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告らが、労働組合の執行委員長であった被告が組合の明番者集会(あけばんしゃしゅうかい)において、原告ら一部の組合員のみの労働条件を切り下げる内容の議案を提出し、批准投票にかけたこと及び組合規約の定める議決要件に照らせば右議案は否決されたにもかかわらず、これを可決したものと取り扱い、右議案の内容に従って会社と協定を締結したことが、原告らに対する不法行為を構成するとして、被告に対し、右協定によって切り下げられた賃金相当額等の損害賠償を求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実並びに弁論の全趣旨及び各掲記の証拠によって容易に認められる事実
1 原告らは、いずれも、朝日自動車株式会社(以下「会社」という。)の従業員であり、会社及び会社の子会社である南翔交通株式会社(以下「南翔交通」という。)の従業員で構成される朝日自動車労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。
被告は、平成三年三月から平成七年一二月一二日まで組合の執行委員長を務めていた者である(<証拠略>)。
2 会社の賃金体系は、従来は固定給と歩合給の混合体系であるA型賃金体系であったが、昭和六〇年、A型賃金体系を改定した新たな賃金体系(以下「新A型賃金体系」という。これに対し、従来のA型賃金体系を「旧A型賃金体系」という。)が導入され、右時期以降に入社した社員に対しては、新A型賃金体系が適用されることとなった。
その後、歩合給のみによって構成されるB型賃金体系の導入が開始され、平成二年には、南翔交通の大部分の運転手がB型賃金体系に移行し、平成四年には、会社においても、約二〇〇名の組合員がB型賃金体系に移行したが、なお旧A型賃金体系の適用を受ける組合員が約一〇〇名存在した。
3 会社は、組合に対し、平成五年一一月頃、旧A型賃金体系の改定(切り下げ)を提案し、組合は、これを受け、同年一二月一七日及び一八日、旧A型賃金体系を適用されている組合員のみによる明番者集会において、会社が提案した旧A型賃金体系の改定案を付議したところ、反対票が多数を占め、右改定案は否決された。
4 平成六年六月二三日に開催された執行委員会において、組合は、会社が提案した平成六年春闘の最終回答案を、春闘妥結案として職場委員会に提案することを決定した。右最終回答案は、賃上げ等に関する組合の要求に対する回答とともに、会社が再度提案した旧A型賃金体系の改定(切り下げ)案をも含むものであった(<証拠略>)。
5 平成六年六月二五日に開催された組合の職場委員会において、組合執行部は、旧A型賃金体系の改定案を含めた会社の最終回答案を春闘妥結案として提案したところ、右提案は承認された。これを受け、組合執行部は、同月二八日から同年七月二日にかけ、東大阪営業所、本社及び堺営業所における明番者集会(以下「本件明番者集会」という。)において、右春闘妥結案を提案、批准投票を行った。その結果は、賛成一七七票、反対一二〇票、白紙七票であった(<証拠略>)。
6 組合執行部は、右投票結果により、春闘妥結案を可決したものと取り扱い、平成六年七月五日、会社との間で、旧A型賃金体系の改定を含む労働条件に関する別紙内容の協定(以下「本件協定」という。)を締結した<略>(<証拠略>)。
7 組合の組合規約(以下「規約」という。)には、次のような規定がある(<証拠略>)。
第七条(機関)
この組合に次の機関をおく。
1 大会及び代議員大会
2 明番者集会及び時間外集会
3 職場委員会
4 執行委員会
第八条
大会はこの組合の組合員全体で構成する最高決議機関であって次の要領で開く。ただし、各級機関の議を経て代議員大会をもって通常大会に代えることができる。なお、代議員数はその都度決定する。
1 定期大会、毎年一回二月又は三月に開催する。
2 臨時大会、執行委員会及び職場委員会が必要と認めたとき、若しくは組合員の二分の一以上が議案を示して要求したとき。
第九条(大会の成立、議決)
大会は組合員の三分の二以上の出席により成立し、議決は原則として出席者の過半数以上でこれを決し、可否同数のときは議長がこれを決する。
第一二条
事情により大会を開くことができない場合は執行委員会の決議により明番者集会の全員投票をもって大会の決議に代えることができる。ただし、決議要件は組合員の二分の一以上の同意を必要とする。
第一三条
第一二条の規定にかかわらず争議行為その他重要な事項に関しては大会に代わる機関で決定できない。
第一八条
明番者集会及び時間外集会は大会に準じた権威あるものであり、必要に応じて執行委員会の議を経て執行委員長が召集する。
二 原告らの主張
1 被告の不法行為
(一) 本件明番者集会に違法な議案を提出したこと
被告は、旧A型賃金体系を適用されている組合員が、平成五年一二月の明番者集会において、会社の提案した旧A型賃金改定案を拒否したにもかかわらず、敢えて、平成六年六月になって、右旧A型賃金体系を切り下げる内容の議案を、他の組合員の労働条件を向上させる内容の春闘妥結案と一括して、本件明番者集会に提案した。
旧A型賃金体系の適用を受ける組合員は少数派であったから、右組合員の労働条件を切り下げる内容の議案を、他の大多数の組合員の労働条件を向上させる内容の議案と抱き合わせて全組合員の議決に付すことは、明らかに多数決原理を濫用するものである。被告は、原告らを含む全組合員を代表する立場にありながら、原告らの明確な反対の意思表示を無視し、その利益を明らかに害することを認識しながら、敢えて原告らの労働条件を切り下げる内容の議案を組合員全体の明番者集会に提案した。これは、被告が、執行委員長としての権限を濫用した違法な行為であって、原告らに対する不法行為を構成する。
(二) 本件明番者集会において、議決要件を満たしていないのに議決したものと取り扱ったこと
被告は、本件明番者集会において、前記春闘妥結案は、規約第一二条に規定された議決要件である組合員の二分の一以上の同意が得られなかったことにより否決されたにもかかわらず、執行委員長の権限を濫用し、これを可決したものと取り扱い、同年七月五日、会社との間で、旧A型賃金体系の改定(切り下げ)を内容とする本件協定を締結した。これは、被告が、規約の定めを無視し、執行委員長としての権限を濫用した違法な行為であって、原告らに対する不法行為を構成する。
2 原告らの損害
会社との間に本件協定が締結された結果、会社は右協定に従って、平成六年六月二一日より旧A型賃金体系の改定を実施したため、原告らは基本給が一日当たり二〇〇円減額されるとともに、従来は一乗務三万一〇〇〇円を超える売上があった場合に支給されていた歩合給が、一乗務三万三〇〇〇円を超える売上がなければ支給されないことになった。その結果、原告らは、平成七年六月二〇日までに、別紙損害額一覧表<略>記載のとおりの損害を被った。また、原告らは、本訴の進行を原告ら訴訟代理人に依頼し、各原告において、一人当たり着手金として二万円を支払った。その結果、原告らは、右弁護士費用相当額の損害を被った。
三 被告の主張
1 一部の組合員の労働条件を切り下げる内容の議案を組合員全体の議決に付することも、少数者に意見表明の機会が保障され、他の組合員を説得する機会があれば、多数決原理の濫用とはいえない。
また、明番者集会への議案の提出は、執行委員会で提案内容と明番者集会の日時を決定し、職場委員会で決議されて初めて行い得るものであり、執行委員長個人の権限で行い得るものではない。本件においては、執行委員会において、会社の春闘最終回答案につき、旧A型賃金体系の改定を含めた一括妥結をすることもやむを得ないとの結論が出され、右職場委員会においても右結論が賛成多数により承認されたのであって、執行委員長である被告が、これら執行委員会及び職場委員会の結論を無視し、議案の提出を阻止することは不可能であった。
したがって、本件明番者集会に対する議案の提出は、執行委員長としての権限を濫用した、違法なものではない。
2 春闘妥結案は、これを一括して明番者集会で組合員の批准投票にかけることが、組合の長年にわたる慣行となっていた。そして、この場合の明番者集会は、規約第一二条の明番者集会ではなく、規約第一八条により、組合大会に準ずるものとして開催される明番者集会であって、その場合の議決要件は、規約第九条の定めに従い、組合員の三分の二以上の投票があり、その過半数の同意により可決することが、二〇数年来行われてきた。したがって、右決議方法は、事実たる慣習として、規範的効力を有する。
したがって、本件明番者集会における批准投票の結果を規約第九条の規定に基づいて処理したことは、何ら違法ではない。また、仮にこれが規約の定めに反するもので、違法であるとしても、組合の長年にわたる慣行に従った被告に、故意過失はない。
四 争点
本件の争点は、被告が、<1>旧A型賃金体系の改定(切り下げ)案を、他の賃金体系の適用を受ける者の労働条件を改善する内容の春闘妥結案と一括して組合員全員の明番者集会の議決に付したこと(争点<1>)、<2>右明番者集会の投票結果が、規約第一二条に定める議決要件を満たしていなかったにもかかわらず、規約第九条の定めに従ってこれを可決されたものと取り扱ったこと(争点<2>)が、原告らに対する不法行為を構成するか否かである。
第三争点に対する当裁判所の判断
一 当事者間に争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 会社の賃金体系
会社の賃金体系は、従来A型賃金体系であったが、昭和六〇年、基本給を引き下げ、年功加算を一五年で頭打ちにすることを主な内容とする新A型賃金体系が導入され、右時期以降に入社した社員に対しては、新A型賃金体系が適用されることとなった。
その後、会社は、B型賃金体系の導入を組合に求め続けてきたが、平成二年になって、組合は南翔交通の従業員に対し、明番者集会でその導入の是非を問うたところ、運転手の選択に委ねることが決定され、その結果、南翔交通の運転手の大部分がB型賃金体系に移行した。
会社は、平成四年に入ると、組合に対し、A型賃金体系の下では経営が成り立たないとして、さらに強くB型賃金体系への移行を求めたため、組合において、B型賃金体系を導入することの是非が職場委員会及び明番者集会において議論され、その結果、組合員がB型賃金体系を選択することを認めることとされた。この段階で約二〇〇名の組合員がB型賃金体系を選択したが、旧A型賃金体系の適用を受ける組合員はなお約一〇〇名存在した。
2 会社による旧A型賃金体系改定の提案と組合の対応
会社は、平成五年一一月、組合に対し、基本給の切り下げを主な内容とする旧A型賃金体系の改定を申し入れた。組合は、これを受け、職場委員会においてその受け入れの是非について討議及び採決したが、結論が出なかったため、旧A型賃金体系の適用を受けている組合員の明番者集会に諮ることとした。同年一二月一七日及び一八日に行われた旧A型賃金体系適用者の明番者集会における投票の結果、賛成三三票に対し、反対が五一票を占め、旧A型賃金体系改定案は否決された。
組合執行部は、右投票結果を受け、会社に対し、旧A型賃金体系改定に関する会社の提案は受け入れられない旨回答した。
3 平成六年春闘における会社による再度の旧A型賃金体系改定の提案と組合の対応
会社は、平成六年春闘における組合の賃上げ要求等に対し、平成六年四月、その回答と合わせ、再度旧A型賃金体系の改定を申し入れた。組合は、その後ストライキを交えながら会社と団体交渉を繰り返した結果、同年六月四日の団体交渉において、旧A型賃金体系改定問題以外の点では大筋において会社との間で合意に達した。しかしながら、その後の団体交渉において、会社は、旧A型賃金体系の改定について、解決金の増額には応じたものの、右改定と他の従業員の労働条件の改善は一体でなければ妥結できないとの立場を取ったため、同年六月二三日の団体交渉の後開かれた組合の執行委員会で、同日の団交において示された旧A型賃金体系の改定を含む会社の最終回答案を、平成六年春闘妥結案として職場委員会に提案することもやむを得ないとの結論が出された。そして、同月二五日に開かれた職場委員会において、組合執行部の提案した春闘妥結案が承認され、明番者集会における批准投票にかけることが決議された。右最終回答案は、旧A型賃金体系適用者のみが賃下げとなり、他の賃金体系適用者はすべて賃上げとなる内容であった。なお、旧A型賃金体系適用者につき、右最終回答案は、基本給は日額二〇〇円減額し、歩合給は従前三万一〇〇〇円を超える部分について支給していたが、改定により、三万三〇〇〇円を超える部分についてのみ支給するなどというものである。
4 本件明番者集会における春闘妥結案の批准投票と本件協定の締結
職場委員会の決議を受けて、組合執行部は、組合の機関紙である「週刊ヘッドライト(平成六年六月二七日付)」において、あらかじめ明番者集会の期日及び議案の内容を予告したうえ、同月二八日から三〇日にかけて行われた東大阪営業所における明番者集会、同月二九日から同年七月二日にかけて行われた本社における明番者集会及び同月一日に行われた堺営業所における明番者集会において、旧A型賃金体系の改定を含む春闘妥結案を提案し、批准投票を行った。右投票には、当時の組合員三八六名のうち、三〇四名が投票し、執行部の提案した旧A型賃金の改定を含む春闘妥結案については、賛成が一七七票、反対が一二〇票、白紙が七票であった。
組合執行部は、右投票結果は、組合員総数の三分の二以上が投票し、その過半数の賛成が得られたものであり、規約第九条の要件を満たすとして、これを可決されたものとし、これに基づき、同年七月五日、会社との間で本件協定を締結した。
二 以上の事実に基づき、争点について判断する。
1 争点<1>について
(一) 原告は、被告が、明番者集会に春闘妥結案と旧A型賃金体系改定案を一括して提案したことが、多数決原理を濫用するもので、違法であると主張する。
しかしながら、組合において、いかなる議案を明番者集会に付議するか否かは、執行委員と職場委員で構成する決議機関である職場委員会が決定するものである(<証拠略>の規約第二六条、第二九条)ところ、職場委員会において、執行委員は議決権を有しないものと定められている(<証拠略>の規約第二八条)のであるから、結局は、職場委員からなる職場委員会において右決定がなされ、執行委員会が右決定に関与するものではない。前記認定のとおり、旧A型賃金体系改定案を含む春闘妥結案を本件明番者集会に提出する旨の決定も、平成六年六月二五日の職場委員会によりなされたものである。したがって、執行委員会は、職場委員会の右決議の執行として、右議案を本件明番者集会に提出したに過ぎないというべきであるから、執行委員会の右行為が違法となるべき理由がないことは明らかである(なお、右のとおり、議案を明番者集会に付議するか否かの決定権が職場委員会にあり、右職場委員会の決定に基づいて、執行委員会が議案を明番者集会に提出するものである以上、右議案の内容が一部の組合員にとってのみ不利益な内容のものであるからといって、そのことから、直ちに、執行委員会の右行為が違法となるものではない。)。もっとも、この点は、右職場委員会の存在と機能が名ばかりのものであるとの事情があれば、別ではあるが、本件において、右事実を認めるに足りる証拠はない。
もっとも、執行委員会が、多数の力を背景として、多数を構成する組合員による明番者集会における可決を見越して、専ら、少数の組合員の権利を侵害することのみを意図して、故意に職場委員会を主導するなどして、前記議案を本件明番者集会に提出することを決定せしめた等の特段の事情がある場合には、例外的に、執行委員会による明番者集会への右議案の提出自体が違法となる余地がなくはないといえる。
しかしながら、本件において、執行委員会が前記議案の提出に当たり、職場委員会を主導して前記議案を本件明番者集会に提出することを決定せしめたとの事実を認めるに足りる証拠はない。また、前記認定のとおり、当時、会社は、組合に対し、経営難を理由にB型賃金体系への移行を強く迫っており、平成六年春闘における組合の要求に対して提示した会社最終回答案(前記のとおり、右最終回答案は、旧A型賃金体系適用者のみが賃下げとなり、他の賃金体系適用者はすべて賃上げとなる内容のものである。なお、旧A型賃金体系適用者につき、右最終回答案は、基本給は日額二〇〇円減額し、歩合給は従前三万一〇〇〇円を超える部分について支給していたが、改定により、三万三〇〇〇円を超える部分についてのみ支給するなどというものである。)においても、旧A型賃金体系の改定と一体でなければ妥結しないとの立場を崩さなかったため、かかる状況の下で、組合執行部は、旧A型賃金体系の改定案についても、数度にわたる団体交渉により、会社から解決金の増額など一定の譲歩を引き出したうえで、旧A型賃金体系の改定案を含めた前記最終回答案を春闘妥結案として一括妥結するのもやむを得ないと判断し、職場委員会の議決を経て、旧A型賃金体系改定案を含む春闘妥結案を一括して平成六年六、七月開催の本件明番者集会に提出したものであって、この点、執行委員会が右議案を一括して本件明番者集会に提出することとしたことは、右認定の団体交渉以後の経過、右議案の可決により旧A型賃金体系適用者が受ける不利益の内容、程度、他の賃金体系適用者が受ける利益の内容、程度等を考慮するとき、執行委員会に委ねられた裁量的権限内の行為として、やむを得ない仕儀というべきであって、この点、執行委員会が多数の力を背景として、専ら、少数の組合員である旧A型賃金体系適用者の権利を侵害することのみを意図して、故意に右行為に及んだというべき余地はない。
したがって、本件において、前記特段の事情が認められないことは明らかであるので、平成五年一二月における明番者集会において、旧A型賃金体系適用者の反対意思が明確になっていたことを考慮しても、なお、これが違法であるとは到底いえない。
なお、原告らは、本件明番者集会の開催に先立ち、旧A型賃金体系改定案を批准投票にかける旨の事前の周知徹底がされておらず、手続的にも問題があった旨主張するが、前記のとおり、本件明番者集会に先立って、平成六年六月二七日付の組合機関紙により、明番者集会を開催する旨及び提案される妥結案の内容が組合員に対して周知されたことが認められるほか、原告岩城本人及び被告本人によれば、本件明番者集会においては、旧A型賃金体系の適用を受ける組合員からの反対意見も出され、活発な議論が行われたことが認められることからすると、本件明番者集会においては、議案の内容の周知徹底がなかったとはいえず、また、不利益を受ける組合員にも発言の機会は十分に保障されていたというべきであるから、手続的にも何ら問題はなかったというべきである。
(二) したがって、この点の原告の主張は理由がない。
2 争点<2>について
(一) 前記認定のとおり、組合の規約では、その第八条において、大会は組合員全体で構成する最高決議機関であるとされ、第九条において、大会は、組合員の三分の二以上の出席によって成立し、議決は出席者の過半数の賛成によって決するとされ、また、第一二条においては、事情により大会を開くことが出来ない場合に明番者集会の全員投票で大会の決議に代えることができるものとされ、その場合の議決要件は、組合員の二分の一以上の同意を要するものとされている。一方、第一八条においては、明番者集会は大会に準じた権威あるものとされ、その召集の方法が定められているが、議決要件については特に定められていない。なお、第一三条においては、争議行為その他重要な事項に関しては大会に代わる機関で決定できないものとされている。
これらの規定を、その文言及び各内容の対比等から合理的に解釈すると、組合においては、議決は原則として大会において行うが、場合によっては執行委員会の決議によりこれを明番者集会の全員投票で代用することができ、ただし、その場合には組合員総数の二分の一以上の同意がなければ議決することができないこととすることによって、その議決要件を強化したものと解するのが相当である。もっとも、この点に関し、被告は、明番者集会には第一二条に定める大会に代わる機関としての明番者集会と、第一八条に定める大会に準じた明番者集会が存在すると主張するが、第一八条は、明番者集会の一般的な性格について述べたものに過ぎず、明番者集会に性格の異なった二種類のものがあるとする被告の解釈は、採用できない。
(二) しかしながら、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、組合においては、少なくとも昭和五〇年頃以降、春闘、一時金等の妥結案を批准する場合は、一貫して明番者集会の全員投票によってきたこと、その場合に、議案が職場委員会の決議を経て明番者集会に付議されたときは、その批准要件は、規約第一二条の定める組合員総数の二分の一以上の同意ではなく、投票総数の過半数の同意によってきたことが認められる。これに対し、原告らは、一貫して第一二条所定の議決要件によってきたと主張し、(証拠略)にはこれに添う記述があり、原告岩城本人も同様の供述をするが、証拠(<証拠略>)によれば、定期大会議案書及び組合機関紙等に記載されている批准率は、例外なく投票総数を母数に計算されているのに対し、組合員総数の記載はない場合もある(なお、平成三年春闘のように、右の意味における批准率が極めて低く、規約一二条によれば、組合員総数が当然に問題となり得ると考えられる場合においても、組合員総数の記載がない場合がある。)こと、特に、平成二年春闘の妥結案を批准した南翔交通の集約投票においては、組合員総数の過半数の賛成が得られなかったにもかかわらず、投票総数の過半数の同意によって批准されたものと取り扱われていることが認められることに照らし、前記の(証拠略)の記述並びに原告岩城本人の供述は採用できず、他に原告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、組合においては、春闘、一時金等の妥結案は、職場委員会の議決を経た上で、明番者集会の全員投票において批准することとされ、その場合の議決要件は、規約第一二条の定めにもかかわらず、大会の議決要件と同様、投票総数の過半数の同意によることが、過去二〇年間にわたり慣行として行われていたというべきであるから、右慣行が、いわゆる規範性を有するものとなっていたか否かはともかくとして、執行委員会が右慣行に従って、本件明番者集会の投票結果をもって旧A型賃金体系の改定案を含む春闘妥結案を批准されたものとして取り扱った以上、これを非難されるべき理由はなく、被告には、少なくとも過失がないというべきである。
(三) もっとも、証拠(<証拠略>)によれば、平成七年度には、春闘妥結案の批准を規約第一二条所定の議決要件に基づいて行ったことが認められるが、被告本人によれば、これは、平成六年度に本件の紛争が生じたこともあって、執行委員会において明示的に取扱いを変更したものであることが認められるから、前記認定を左右するものではない。
また、(証拠略)によれば、平成六年二月に、オートマチック車の導入等の是非について明番者集会における投票が行われた際には、明らかに規約第一二条所定の議決要件によっていたことが認められる。しかしながら、(証拠略)によれば、職場委員会が提案する議案と執行委員会が提案する議案とは明確に区別されていたことが窺われる(なお、このことは、平成元年春闘の集約投票に関する第三五回定期大会議案書(<証拠略>)の記載からも窺うことができる。)ところ、右明番者集会の議案は執行委員会が提案したものであったことが認められるから、右証拠は、職場委員会の提案に係る春闘妥結案の批准における前記慣行の存在を覆すものではないというべきである。
(四) したがって、この点の原告の主張は理由がない。
三 結論
よって、原告らの請求は、いずれも理由がないので、失当としてこれを棄却する。
(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 谷口安史 裁判官 仙波啓孝)
当事者目録
原告 土肥修二
(他四〇名)
右原告ら訴訟代理人弁護士 池田直樹
被告 林明
右訴訟代理人弁護士 鈴木康隆
同 早川光俊
同 木下和茂